三里小学校のカシの木
三里小学校のカシの木は、明治31年に小学校が現在の場所に移転してくる前からの古木で、以来正門脇に立って子どもらの育ちゆく姿を見守って来た。昭和10年前後に主幹が枯れたものの枝分かれした若木が成長し現在に至る。
2021年4月24日撮影
三里小学校の樫の大木
野中兼山は、県下各所の土木事業を進めるにあたり、大小奉行所、陣屋を設置して事業の督励に当った。高知市近郊でも山田堰(物部川)、後免の新田開拓、弘岡〜長浜川への用水路等々が数えられる。彼はその場合、必ず土地の古木、珍樹木については工事に直接関しないものは伐材せず、むしろ丁寧に保護育成する自然愛護の精神をもっていたと伝えられている。三里小学校の校門にそびえる樫の大樹もその一例ではないか。すなわち兼山掘りの土木工事を推進するにあたり、その中間地点である母校附近に奉行所(陣屋)を設置したと仮定しても不都合はなく、その地にある樫の樹を保存し、今日の銘木として現存している。10年以前のことだが、当時、地区の松食虫の被害防止と調査に当たった高知営林局の職員の診断によると、樫の大木は400〜500年以上の樹令を数えることができるということであった。また土地の古老(当時80~90歳)の話によると、大樹は「私達の少年、少女時代の姿そのままである。」ということであった。根本は何本も枯れた跡が残っていることからしても容場に樫の木の樹令が推察されるわけである。(三里小学校開校100年記念誌)
昭和12年 右端に写っているのがカシの木
昭和7年 写真中央
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